Satoブログ

46.5%

2010年度予算における、日本の税収に占める間接税比率ですが、意外に多いのだと思いませんか?

国税のなかで間接税といわれる税金は、消費税をはじめ印紙税・酒税・たばこ税・ガソリン税などがあります。原則として経済的裕福さに関係なく一律に負担する税金です。

日本で消費税が導入された1989年当時、日本の間接税比率は25.8%でしたが、イギリスは43.4%・ドイツは46.8%・フランスは60.9%でした。

日本が46.6%となった今となると、イギリスが38.8%・ドイツ55.1%・フランスが57.6%という状況ですから、もしも日本の消費税率が10%になったとすれば、まちがいなく世界でも最も間接税比率の高い国になることでしょう。アメリカにいたっては、わずか6%とほとんどが直接税に頼られている構造です。

なぜこんなバランスの悪さになっているかというと、最近の所得税・法人税が景気悪化等で少なくなっていることに加えて、消費税導入時の調整として、所得税や相続税の高額所得者の累進税率も引き下げられたことにより、直接税の税収が少なくなってきていることが原因と思われます。

最近は、勝ち組・負け組という言葉が使われるように、日本でも経済格差が大きくなってる傾向がありますが、それに反して税負担の構造は格差が小さくなってきているということが言えそうです。

消費税の見直しは、危機的財政状況を考えればやむを得ない方法であることは間違いありませんが、単にそれを上げるだけで処理してしまうと、さらに大きな歪を生み出しかねません。

将来の安心を充実させるための税率見直しであれば、所得格差があることを現実に受け止めたうえで、ある程度の累進課税導入や生活セーフティーネットの整備がやはり不可欠なのではないでしょうか?

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10年09月30日更新

地球2.3個分

NGOの世界自然保護基金によると、世界中の人たちが日本人と同じような生活をしたとしたら、燃料や食料などの消費をまかなうために、地球が2.3個必要になるのだそうです。

食料や燃料をまかなうために必要な森林や海の面積などから割り出した数字だそうで、もちろん精度に問題はあるでしょうが世界中が日本人の暮らしをするのは現状では難しいというのはなんとなくわかります。

ちなみに、その計算式で測ると、最も負荷が大きいのはアラブ首長国連邦で地球が5.7個分、2番目はアメリカで地球5個分だそうです。日本は世界で29番目なのだとか。ちなみに中国は約1個分です。

世界全体では地球1.44個分だそうで、すでに負荷が超過している状態です。最近の異常気象や温暖化などが、こうした地球の本来持っているキャパに対して無理がかかりすぎた結果だとしたら、やはりなんとか先を考えていかなければならない問題ですね。

やっかいなのは、一度手にしてしまった便利さは、なかなか手放すことが難しくなるものです。

先日夜中に車を走らせながら、どこにでも設置してある自動販売機を数えてみました。ハッキリ言ってとても数えられる量ではありません。それらが使っている電気やらを考えると、地球2.3分もなんとなく実感できます。

ちなみに日本自動販売機工業会(こんな団体があることを初めて知りました・・・)によると、2009年末現在で521万8600台なのだそうで、赤ちゃんから高齢者までの日本人20人強に1台の販売機が設置されていることになりますので、考えてみれば恐ろしい。

便利ではあるけど、途方もない無駄使いにも思えます。たぶん、こんな過剰な便利さがありふれていてきっと自分たちでも気がつかないことが多いのでしょうね。

さて、地球環境を守るために何をしたらよいのやら・・・。 まずは買い物袋の辞退や、こまめな電気のスイッチ切りなどできることを徹底しておくことでしょうか。

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佐藤雑感

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10年09月29日更新

住民票と戸籍制度

はじめは「なんと不思議なことが・・・」と思っていたわけですが、その後続々と話題になるにつれ、実に妙な気持ちにさせられました。100歳以上のお年寄り大量行方不明事件のことです。私は、日本は世界中でも最も国民の正確な把握ができている国だと思っていました。たぶん多くの方が同じような思いを持っていたのではないかと推察します。

でも、神戸市で100歳以上の高齢者のうち105人が所在不明!というニュースを見て仰天しました。国勢調査や、長寿世界一の評判や、税金や社会保険の徴収や使われ方などがなんだか根底からぐらつく印象です。

生まれたら出生届をだし、亡くなったたら死亡届を、移動したら転入者転出届を出すという基本的な住民把握が実はとてもお粗末な状況になっていて、なんとなく形骸的な儀式だけが続いていたのではないかとさえ思ってしまったわけです。年金問題にしても、住民票問題にしても、形があるから正しいのだと思い込んで(または、疑問はあったものの事を大きくしたくないために黙り込んで)いたのでしょうかね。

たぶん同種の問題がごろごろしているんだろうな。

ところで、国や自治体が国民や住民を正確につかむための仕組みに、住民票と戸籍があります。実は恥ずかしながら、この2つ何が違うかというと私もぼんやりとしかわからなかったのです。そこで今回のニュースを機会に少し調べてみました。

「住民票」とは、個人を単位として住民の氏名・生年月日・性別・住所などを記録した帳票をいうのだそうです。住民の居住関係を公証するものです。単位は一人一人の個人ですが、個人個人の住民票は世帯ごとにまとめられています。居住地ごとなので、例えば子供が学校に通学するため別の居住地に引っ越しをしたら、収入の有無にかかわらず新しい住民票を作ることになります。しかもそれが一人ぐらしの場合は自動的に世帯主となるわけです。

「戸籍」とは、婚姻や離婚、出生や養子縁組等の身分事項を記録したものだそうです。人の身分関係を公証するものです。単位は筆頭者をはじめ、その戸籍にいる人全員が1つになります。戸籍でいう住所は本籍であって居住地とは関係ありません。届け出をすれば皇居だろうが、北方領土だろうが自由です。全員そろった証明書が戸籍謄本で、戸籍の中から1人だけを抜き出したのが戸籍抄本です。家族の誰かが引っ越したからといって戸籍に変更はなく、結婚して婚姻届を出すと強制的に親の戸籍から離れて配偶者との新しい戸籍に入るなどのルールがあります。ちなみに、戸籍を出たからと言って親子の縁や相続権がなくなるわけではありません。赤の他人の戸籍にはいることはできず、入る場合は養子縁組などの手続きが必要です。

戸籍の“戸”は、古代以来の中国の小家族単位を形成し、それが社会構造の最小単位として機能してきたことに由来します。こういう家族単位の把握という概念は、世界的には東アジアだけにみられる特有の制度で、他では個人単位の住民票による把握が一般的なのだそうです。

まぁ、どんな厳格な仕組みを作ったところで1億何千万人ものみんなを正確に補足することなど不可能ではあります。とはいえ、税や社会保障など大きな財源と使途に密接にからむことになるわけですからデタラメでいいはずはありません。

国民総背番号制などとあまり良い印象をもたれないのですが、この機会に国民番号といえる共通番号(または記号)で、縦割りじゃなく統一捕捉する動きがあってもいいのだろうと思います。

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佐藤雑感

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10年08月11日更新

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