Satoブログ
高負担と低負担
不況による歳入不足と消費税率アップがいろいろと話題になっています。国民や企業が負担する税金は、国は国会の議決を経て政府が使い道を決めますし、地方も議会の議決を経て都道府県庁や市町村役場が使い道を決めます。
昨年後半より全国の市町村単位では生活保護の申請が急増しているそうで、なかには2倍に膨らんでいる市もあるのだという報道がありました。人間いつ不測の事態に陥るかわかりませんので、最低限のセーフティネットの整備は国家の責任できちんと行われなければなりませんが、老後の年金や医療費など含めて財源は将来にわたってかなり厳しいと思われます。
結局それらの財源は税収か社会保険料しかありません。しかも誰が考えてもわかるように、原則として「高福祉のためには高負担」であり「低負担なら低福祉」であることは間違いありません。
税(保険料)負担はイヤだが給付は十分に受けたい!というのは成り立たないわけです。大きな政府と小さい政府という2極でまとめるのには無理がありますが、どちらかを選ばねばならないとすると日本はどうなんでしょうか?
2004年のデータですが、世界の国民負担率を並べてみました。 ■スウェーデン 70.1% (税金=49.9% & 社会保障=20.2%) ■フランス 55.5% (税金=43.9% & 社会保障=11.6%) ■ドイツ 51.3% (税金=27.5% & 社会保障=23.8%) ■イギリス 47.6% (税金=37.1% & 社会保障=10.5%) ■日本 37.0% (税金=22.6% & 社会保障=14.4%) ■アメリカ 31.9% (税金=23.2% & 社会保障= 8.7%)
各国と比較すると日本はどうなんでしょうか? もちろん、各国とも直接税と間接税比率や個人負担割合と事業主負担割合などに違いがありますから、一概に“負担感”を同一レベルで比べることには無理があるようです。
例えばサラリーマン給料の手取り額を見ると、日本はイギリスやフランスと比べてあまり代わりがないという結果がでています。日本では労使半々負担の社会保険料が、海外では意外に使用者側負担が大きいため、個人の負担割合が小さいことなどに原因があるようです。
スウェーデンで福祉施設やサラリーマン世帯を訪問したとき、「70%の負担はあるが病院や学校は無料だし老後の不安も少ない」という話しを聞く一方、海外からの移住者に同様の高福祉が与えられることに異論が出ているという話も聞きました。
また、アメリカの社長さんを訪ねたときに公的保険制度の代わりに、企業ごとの制度にかなりの負担を感じているという声や、富裕層の寄付などによって貧しい層の救済支援が多くのところで行われている状況も目にしてきました。
ゆりかごから墓場まで・・・という高福祉スローガンはイギリスのものでしたが、産業革命以後徐々に小さな政府に変わってきた敬意があるようです。日本も、昔から伝統的に助け合いの色合いが強い国であったと思っています。
グローバル化というと世界規模・地球規模という意味でしょうが、日本ではともすればアメリカ化してきたきらいがあります。国民性も文化や風土も違う国なのですから、今回のアメリカ機軸崩壊(?)を機会に、日本のあるべき姿を修正する必要があるのではないでしょうか。
消費税問題に関しては、時期だとか税率だけが声高に叫ばれていますが、そもそも税を何にどのくらい使うのか?というあたりまえのところを浮き彫りにしなければ、小学校の学級会レベルの議論になりはしないでしょうか。
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