Satoブログ
T君きたる
日本に入国してから音信が途絶えていたT君が、仙台にやってきたとのメールが来ました。4年ぶりに再会し、ごはんをご馳走してあげました。
そもそもT君と知り合ったのは6年ほど前のこと。仕事でアメリカのシカゴに行く用事があり、相も変わらず“英会話不全症候群”にコンプレックスを感じて帰国早々、「やはり英語ぐらい話せないとまづい!」と決意し、偶然紹介されたのが22歳のT君だったわけです。
彼は仙台にある日本語学校の学生として2年間日本で暮らしたのですが、貧乏学生で夜のアルバイトが欠かせない暮らしでしたから、英会話の個人レッスンのアルバイトをしないか?という誘いに乗ってきてくれました。
母国がスウェーデンで、英語は第二外国語であることから少しは話しやすいかとお願いをした経緯があります。
まぁ彼なりにどうやって頭の悪い中年氏に教えようかと苦労したのでしょう。丸善などで、欧米の小学生向けテキストなどを探しては、いろいろレクチャーしてくれました。慣れるにしたがって、講義形式のレッスンは影を潜めるようになり、食べたり飲んだりしながらの怪しげな英会話が授業の中心になったわけです。
彼の両親はスウェーデンでお医者さんをやっており、来日した際何日かガイドさせていただいたり、アメリカのフロリダに嫁いだ姉さんが来日した折もガイドとして仙台観光のお手伝いをしたり、もちろん両親やお姉さんは全く日本語がダメなので、そちらのほうが実践的な英会話レッスンになってたような気がします。
そうこうしているうちに、スウェーデンに出かける機会があり、彼は日本で学校に行ってる間に、こちらはご両親の家に勝手にお邪魔して、なおかつ観光案内までしていただきしごく恐縮したものです。
当時22歳だった彼も今では29歳になったのだとか。コペンハーゲンの大学に進学したり、そのあとデンマークの銀行に勤めたりまでは聞いていたのですが、今回確認したらなんと鉄道管制官の養成学校に通っているのだとか。学校にもかかわらず、給料がもらえるのだそうです。
彼自身はスウェーデンの高校を卒業したあと、パリの専門学校に留学し、その際おつきあいした日本人学生を通して日本に興味を持って、仙台の日本語学校まで来たいきさつがあります。「どうして東京ではなく仙台にしたんだ?」と聞くと、日本らしさを味わうためには東京のような外国人もたくさんいるところではなく、地方都市にしたかったからと答えた顔が今でも忘れられません。
彼のお母さん・・・アンナさんというのですが、彼女も東洋にとても関心が高くその影響もあったかもしれません。スウェーデンの自宅に伺うと、インテリアは完全にオリエンタル風なのです。アメリカなどと違って、日本の商品などほとんど街でみかけない国にあってそうですから面白いものです。
彼女は3年ほど前に1年間休職をして、ミャンマーで医療ボランティアをしていました。今回聞いてみると、今年もまたミャンマーにでかけるのだとか。すごく大胆です。
彼のお姉さん・・・マグダさんというのですが、彼女もまたスウェーデンの高校を卒業したあと、スイスの福祉専門学校に留学しそのあとアメリカに移住している経緯があります。彼女もバイリンガルでして、生き方が独創的です。
スウェーデンには、「専業主婦」という単語が無いと教えてくれました。男とか女とかに関わらず誰もが働くのは当然でしょ?と不思議な顔をされたのですが、国が変われば価値観もすべて違ってくるのは当然といえば当然なのかもしれません。
彼女と一緒の今回の来日でも、京都~大阪~小豆島~横浜~仙台と来て、今日は東京に向い来週の火曜日に帰国するのだそうです。
いずれ機会があればまた北欧の白夜の季節でも楽しんできたいものです。その時はよろしくねT君!
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