Satoブログ
上善は水のごとし
これも老子の言葉ですね、“最もいい状態”はまるで水のようなものである・・・ということでしょうか。
水はあらゆる生命体にとって無ければならないものなのに、決して自己主張したり他と争ったりはしない。
水は丸い器に入れれば丸くなり、四角の器に入れれば四角になり、しかも不自然さがまるでない。
水は全てに利益と恩恵を与えているが、決して誇ることなどしない。
人の欲望は際限なく上へ上へと登ろうとするが、水は謙虚に下へ下へと流れていく。
「まるで水のような人ですね」というのは最高の褒め言葉になるのかもしれませんね。力強くあってしかもどこまでも謙虚で・・・、いいですね心がけるようにしたいものです。
青森に行ってきました。
昔はたびたび仕事で行ってたのですが、昨日・今日は久しぶりの青森でした。青空の好天で冷たい寒さではありませんでしたが、さすがに北国で道路の横にはたっぷりの雪が残っています。夜や早朝は歩道も凍結してますので、歩くのに緊張する楽しみ(?)を味わってきました。
H社のK社長を尋ねていろいろとお話をお伺いすることが目的でしたが、幹部社員の皆さんとも直接顔を合わせてお話しすることができ、今後コンサルのお手伝いをさせていただくことになったとしても、とても意義ある時間を過ごすことができました。昨夜は地酒と肴のご招待をいただいたのですが、K社長が風邪による体調不調で少し中座され、結果としてYさん・Sさんとゆっくりお話しできたのも怪我の功名だたのですね。
H社さんは製造業種ですが、ご同業者にも誇れる“技”をお持ちです。その技は特殊な機械や装置によるものではなく、人の手による技術なんですね。素人の私から見るとどうしてできてしまうのか理屈さえ理解できない、特殊な印刷技術なのです。とにかく美しさに驚かされます。
浮世絵とかねぶた絵などを透明のプラスチック版に刷り込むと、見事な芸術品になるのが見事です。欧州で見かける教会の緻密なステンドグラスを、現物以上に再現させるが如くです。個人が趣味で発注する単品ものではないのでしょうが、さりとて大量生産で大量配布するようなものでもありません。高級感を醸し出す店舗のディスプレーなどには最高の製品だと思いますが、どうやってその良さを広めたらよいかはなかなか私では思いつきませんでした。
K社長は、私の大切なお客様であるⅠ社のS社長とご同業のお仲間で、S社長からご紹介されたのがそもそもの始まりです。もしも何らかのお手伝いができるようになれば、少しでもお役に立ちたいものです。
H社さんからの帰り道に、K社長に連れられてA社の工場見学とY社長とのお引き合わせをいただきました。A社さんは幅広いスポーツウェアなどを中心としたアパレル製造企業さんです。あんな大きな縫製工場は初めて見せていただきましたが、整然とした生産の流れはお見事です。
Y社長にいろいろお話をお伺いしたのですが、その中で特に2つのフレーズが頭に残りました。1つは「ピンチはチャンス、こういう景気状況だからこそ他社に先駆けていろいろな仕掛けをする絶好のタイミングなんだ」というくだり、もう1つは「ピンチをチャンスに替えるためには、事業が好調なときこそ安閑とせずに経営者は頭を使わなければならないんだ」というくだりです。
経営の本には多く書かれている文脈ではありますが、長年実際に実行されそして成長を実現してきた経営者の口から語られる文句はやはり重みが違います。経営にとって、攻めや拡大は誰にでもできることであり、むしろ引いたり縮小するタイミングを細心の注意で判断して決断することこそ大事なことだという言葉には、あらためて響かされました。
「勝ちて美とせず」とは老子の言葉ですが、その意味は「勝っても誇らない人は美しい」ということです。上手くいったことを誇らしげに自慢する人はやはり軽く見えてしまいますし、勝ちてなお謙虚な人は語らなくても尊敬を集めるものです。
お忙しい中応対してくださったY社長が最後に話されたのが、人間いつまでも謙虚でなければいけないということでしたが、それはいろいろな方にお会いするたび実感する大事な素養だと思います。
高負担と低負担
不況による歳入不足と消費税率アップがいろいろと話題になっています。国民や企業が負担する税金は、国は国会の議決を経て政府が使い道を決めますし、地方も議会の議決を経て都道府県庁や市町村役場が使い道を決めます。
昨年後半より全国の市町村単位では生活保護の申請が急増しているそうで、なかには2倍に膨らんでいる市もあるのだという報道がありました。人間いつ不測の事態に陥るかわかりませんので、最低限のセーフティネットの整備は国家の責任できちんと行われなければなりませんが、老後の年金や医療費など含めて財源は将来にわたってかなり厳しいと思われます。
結局それらの財源は税収か社会保険料しかありません。しかも誰が考えてもわかるように、原則として「高福祉のためには高負担」であり「低負担なら低福祉」であることは間違いありません。
税(保険料)負担はイヤだが給付は十分に受けたい!というのは成り立たないわけです。大きな政府と小さい政府という2極でまとめるのには無理がありますが、どちらかを選ばねばならないとすると日本はどうなんでしょうか?
2004年のデータですが、世界の国民負担率を並べてみました。 ■スウェーデン 70.1% (税金=49.9% & 社会保障=20.2%) ■フランス 55.5% (税金=43.9% & 社会保障=11.6%) ■ドイツ 51.3% (税金=27.5% & 社会保障=23.8%) ■イギリス 47.6% (税金=37.1% & 社会保障=10.5%) ■日本 37.0% (税金=22.6% & 社会保障=14.4%) ■アメリカ 31.9% (税金=23.2% & 社会保障= 8.7%)
各国と比較すると日本はどうなんでしょうか? もちろん、各国とも直接税と間接税比率や個人負担割合と事業主負担割合などに違いがありますから、一概に“負担感”を同一レベルで比べることには無理があるようです。
例えばサラリーマン給料の手取り額を見ると、日本はイギリスやフランスと比べてあまり代わりがないという結果がでています。日本では労使半々負担の社会保険料が、海外では意外に使用者側負担が大きいため、個人の負担割合が小さいことなどに原因があるようです。
スウェーデンで福祉施設やサラリーマン世帯を訪問したとき、「70%の負担はあるが病院や学校は無料だし老後の不安も少ない」という話しを聞く一方、海外からの移住者に同様の高福祉が与えられることに異論が出ているという話も聞きました。
また、アメリカの社長さんを訪ねたときに公的保険制度の代わりに、企業ごとの制度にかなりの負担を感じているという声や、富裕層の寄付などによって貧しい層の救済支援が多くのところで行われている状況も目にしてきました。
ゆりかごから墓場まで・・・という高福祉スローガンはイギリスのものでしたが、産業革命以後徐々に小さな政府に変わってきた敬意があるようです。日本も、昔から伝統的に助け合いの色合いが強い国であったと思っています。
グローバル化というと世界規模・地球規模という意味でしょうが、日本ではともすればアメリカ化してきたきらいがあります。国民性も文化や風土も違う国なのですから、今回のアメリカ機軸崩壊(?)を機会に、日本のあるべき姿を修正する必要があるのではないでしょうか。
消費税問題に関しては、時期だとか税率だけが声高に叫ばれていますが、そもそも税を何にどのくらい使うのか?というあたりまえのところを浮き彫りにしなければ、小学校の学級会レベルの議論になりはしないでしょうか。
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