Satoブログ

1枚のチラシ

会社のポストにA4版サイズの飲食店(居酒屋さん)の開店ちらしが入っていました。お店自体は全く存じ上げませんが、開店した場所とビルはチラシの地図を見てすぐにわかりました。

ここ3年ほどの間に、少なくても4回はテナントの飲食店が変わっている鬼門の場所だからです。最初のお寿司屋さんはまずますの入りだったのですが、その次の創作和食屋さんは比較的短い期間で失速し、その次の丼屋さんはもっと短命で、その次の地鶏のお店は一度お邪魔して飲みだしたものの、20分ほどで出てきてしまった思い出があります。つまり、不吉な場所です。

新規に入居されるお店だって、趣味でやるのでなければ当然来客が多くなければやっていけません。立地場所はたぶん重要な開店判断要素になると思われますので、こんどのお店も十分に調査しての話だとは思うのですが・・・。

チラシはフルカラー印刷の立派なものです。下のほうには期間限定の割引券やビール無料券などが印刷されており、少しでも集客しようと企画して印刷して配布したものだと想像できます。・・・が、ダメなんです。私など好奇心(少なくてもお酒に関することについては)が旺盛なので、ご近所に新しい居酒屋さんがオープンすることを耳にすれば、一度は行ってみようかと思う習性なのですが、このチラシにはそういう思いを充たしてくれる要素が見当たらないのです。

なんでかなぁとよく観察してみました。サービス券や、ビールサービスのキャッチコピーはいいでしょう。「地元宮城産の新鮮魚介類をふんだんに・・・」の言葉も酒飲みの心をくすぐります。自慢のメニューとして掲げられている肴の種類と値段も魅力的です。でもキレイに載せられているメニューの実物写真がいけません。

ホタテのバター焼き、貝付きのホタテが醤油(たぶんそうです)で焼かれてバターが一かけら乗っているのですが、バターが硬いままのってる写真はいけません。美味しいホタテ焼きは、熱々に焼かれてバターが溶けて流れているべきなのです。 アナゴの白焼きの写真もダメです。まるで蠟サンプルのように死んでるものに見えてしまいます(最近の蠟サンプルだってもっと美味そうに見えるものです)。刺身盛り合わせの写真もいけません。こちらはピカピカ光りすぎです。酒飲みがおちょこを手にしながら箸を伸ばしたい皿には感じられないのです。

せっかく企画をしてお金をかけてチラシを作っても、行ってみたいという気を萎えさせるものなら作らないほうがいいのです。余計な写真などのせずに、「宮城産の直送魚介類をふんだんにそろえた海鮮居酒屋オープン!」とだけ伝えてくれれば、酒飲みは頭の中で美味そうな肴を想像して、その想像が勝手に膨らんで、つい足を向けてしまうというものです。

おそらくオーナーさんは、チラシ作りを印刷屋さんか広告代理店にまかせきりにしたのではないでしょうか。開店準備をしたり、店員さんの求人や教育をしたり、仕入先の選定やメニュー開発などに忙しくて、宣伝はまかせきりにしたなんていうことも考えられます。しかし開店オープンチラシは、リピーターになるかもしれない不特定多数の潜在客への第一印象にほかなりません。もっとも重要なその役目を誰かにまかせきりにしたのだとすると、経営者としては失格といえるのではないでしょうか。

お客様であるA社のH社長は、チラシやカタログの構成チェックでたくさんの注文を加えるだけではなく、社内の報告様式一つにしても細かくバランスや文字の大きさを指摘されます。それらは経営者のすべき仕事なのですから、その姿勢が正しいのです。

チラシはきれいに作って漏れなく配布することが目的なのではありません。まだ見ぬ常連客(候補者)に対して、お店の味やサービスを訴えて足を運んでもらうことが目的です。実際の味や店員の接客サービスの評価は、それができてから初めて受けられることなのです。

やっつけ仕事では成果が出るはずない!昔上司によく叱られた言葉が頭に浮かびました。

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08年06月20日更新

なるほど・・・

昨日はⅠ社さんで終日打ち合わせや会議に参加しました。同業他社さんの受注が大幅に少なくなっているなか、Ⅰ社さんの勢いは衰えません。しかしこれは偶然の結果ではなく、ちゃんと過去に取り組んできた小さな事実の積み重ねをお客様が評価してのことですので不思議でもありません。

今年の4月入社の新卒社員6名の3ヶ月教育の振り返り会議をやりました。全国紙などでは今年の新入社員を「カーリング型」と名づけているものがありました。進路をきちんとガイドしてあげればその通りに進んでいくという意味なのでしょうか。

4人の教育担当社員さんの話しを聞いていると、みんな共通して持っていた感想があり思わずニヤリとしてしまいました。それは、教育やOJTをしていても彼らはおおむね無反応(無視するということではなく、質問したりなどの反応がほとんどないのだそうです)なのですが、実際にやらせてみると意外に要領良くのみこんでいて技術取得も早いという声でした。

私も半日ぐらい彼らにお話させていただいたことがあるのですが、無表情が目立つような気がして気になりました。かといって理解力がないわけではなく、こちらからの問いかけ次第では、豊かな自己表現力もあったりします。まぁ考えてみれば自分の子供と同年代の新社会人ということですので、彼らが若いのではなくもしかしてこちらが歳を重ねすぎたというのがホントのところかもしれません。

そういえば、エジプトのピラミッド発掘チームが、遺跡の一部に当時の落書きを発見したそうですが、その内容が「最近の若い者は・・・」という一節だったそうです。時代に関わらずゼネレーションギャップはいつの世にも存在した証拠です。時代は流れ、それとともにいろいろな常識が変化することは当然です。

最近の若者は・・・などと思う前に、自分は時代の変化に対応できているのだろうか?と、一歩余裕を持って見渡すこともこれからますます必要なのかもしれません。成長とは変化することである!という言葉があります。だとすれば自分が成長するには、ある程度過去の常識を投げ捨てる勇気も必要でしょうし、そうしないと半歩前に進むことができないのかもしれません。

今は自分の子供達の世代が社会人となっている時期ですが、あとしばらくすれば孫達の世代が・・・という状況になるに違いありません。自分のモノサシを絶対軸にすえるのではなく、しなやかで弾力性のあるモノサシを持っていたいものだと思います。

新人教育プロジェクトの席で、そんなことをぼんやりと考えておりました。 S社長すみません!

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08年06月19日更新

梅雨時だというのに

今日の仙台はすっきりと気持ちよい好天の1日でした。太陽が眩しくて、空が青く澄んで、身体を包みこむ風が爽やかで・・・。ただ、先日の地震による土砂崩れ等でまだたくさんの方々が行方不明になっているニュースを聞くと、浮かれた気分にはなれません。奇跡の生還が起こることを期待しています。

今日はSクリニックのF先生と、高齢者医療に関するお話をしてきました。仙台圏の人口予測によると少なくても2030年までは減少にならない見込みです。微増していくようなんですね。しかし65歳以上の高齢者率は確実に右肩上がりに増加を続け、20年後には2倍近くになる見込みです。

老後の身体の衰えは誰もが抱える将来の不安ですが、厚生労働省の方針は明らかに施設介護から在宅介護にハンドルがきられています。つまりケアの行き届いた特別養護老人ホームなどは相対的に激減し、自宅で老齢期介護を受ける人が圧倒的に多くなる見込みです。

自分にそれを置き換えたときいろいろな不安が頭をよぎります。身体が不自由になって動けなくなったときにストレスだとか、誰かの手を借りないと生活できなくなったとしたら誰の世話を受けるのだろうかとか、それに伴う経済的な不安はどうするだとかです。

しかし、老いて元気に活躍されている方はたくさんいらっしゃいます。100歳を過ぎてもスポーツを楽しんでいる方もたくさんおいでです。自分もそうなるためにはどうしたらいいのでしょうか。

老後の医療や介護への不安を考えることも大事ですが、もっと大事なのは悲観的な嗜好ではなく楽しく生きる備えをすることなのではないでしょうか?

できるだけ長く仕事をすることも大事でしょう。単に収入を確保するだけでなく、何かを行動するそれも対価を受ける責任を持ちながら行動することは老化防止に役立ちそうです。できるだけ多くの人の輪を作る事も今のうちから意識しなければなりません。基礎体力を維持することも今からやっておく必要があります。他人から感謝されるために、自分だけの技や人のために役立つ知識や情報を身につけることも自分を助けることになるはずです。

人はこの世に生を受けた瞬間から確実に死を迎えることが定められています。これは避けようがないんですね。であれば終末を悲観したり悩んだりすることでいいことは期待できません。スペイン語のケセラ・セラはなるようになるって意味のようですが、良い意味で前向きに考えたいものです。

超高齢社会、老後の不安、年金制度の破綻、医療介護の自己負担増・・・備えは怠らなくても、一歩上を見て生きたいものだ。高齢者医療を話し合いながらそんなこもが頭をよぎりました。

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08年06月17日更新

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