Satoブログ
原因志向と結果志向
たとえば業績低迷に苦しむA社が、逆転ホームランを狙って新商品を発売しましたが完全な空振りに終わりました。さっそく会議を開いて今後の打開策を話し合うこととなりました。業績低迷に苦しんでいますので猶予はないのです。
こんなとき新商品が売れなかった原因は何か、企画が悪かったのか・市場調査が悪かったのか、販売手法がまずかったのかなどを追求して、原因分析から対策立案につなげようとすることを「原因志向」の考え方と言います。英語では「プロビレムフレーム」というのだそうです。
一方、A社の深刻度は日を追って増しています。もはや失敗商品を振り返っている余裕などなく、次にどんな手を打つべきかを急いで考えなければならない状況でもあります。そこで、どうやったらこの深刻な状況を打開できるかを考え、別のプランを練り上げることにしました。こうした考え方を「結果志向」と言い、英語では「アウトカムフレーム」というのだそうです。
もちろんどちらが良いとか悪いとかではありません。失敗の原因を次の手に生かすことは必要ですし、それはさておき次は何を?という考え方も大事でしょう。
ただし、前者はどちらかというとネガティブになりがちなことに注意が必要です。へたをすると、誰が悪いのか?とか何課の努力が足りなかったからだ!などと、お互いに感情を害するようなやりとりに落ち込みかねません。
もしも国道の交差点で突然エンストしてしまったら、多くの人は「なぜエンジンが止まったのだろうか?オイルが足りなかったか?・・・」などと考えることはせず、どうやって交差点から車を移動させるかと苦心するはずです。原因志向と結果志向の順番が逆転してはお話になりません。
それほど切迫感がない場合でも、日常の仕事や生活の場でこうしたことは常に判断を求められます。ただし大事なのは、何をしたいか?という目的から視点をそらせてはいけない点ではないでしょうか。時には、原因志向に向かう姿勢が評論家的になってしまいがちなことが気になります。優先事項は目的の達成であって、重箱の隅を気にしすぎてろくなことはありません。
コンサルでお客様と打ち合わせさせていただく際も、できるだけ冷静に使い分けできるよう心がけている次第です。
性格は変えられる?
貴方の性格は?と問われれば、 「つい気を許すと怠けグセがでがちです」 「優柔不断かもしれません」 「小さなことにクヨクヨしてしまいます」 「コツコツ努力するのことが苦手です」 ・・・などと答えそうです。よく見ると一つもいいことありませんね、自分で書いていてがっくりです。
さてこうした自分の性格の弱点は克服できますか?と問われれば、「性格は持って生まれたものだから変えるのは難しいかもしれませんね」 ・・・と答えがちですが、それって本当なのでしょうか?
心理学の本を読んでいたら、性格は変えられるものだという一説がありました。
性格を変えるのが難しいと感じる一番目の理由は、「自分の性格は変わらない」と思い込んでしまうことだとありました。たとえば、“男とは大胆なものだ”と思ってしまうと、男性の多くの行動が大胆なものに見えてくることです。大胆でなく慎重な男を見ると、“男性にしては珍しいタイプ” “優柔不断なヤツ”と判断してしまいがちになるそうです。あくまでも大胆なことが男の基準であって、それ以外は男にあらず的な判断をしてしまうことがありがちなんですね。
自分で一度決めた基準を変えたがらない弱さも人間にはあるようです。仮説として暫定的に決めた基準(価値観)が、いつのまにか絶対基準(価値観)に変わっていたりすることが多々あります。十分な検証をしてのうえであれば問題ないのでしょうが、そういう間違いをしでかすときには往々にして単なる決めつけが多い場合があります。
10年前は、私は大勢の人の前で話すことなどとてもできない性格でした。ただし人に情報を伝えることに関しては、できるだけわかりやすい表現をしようという思いは強く持っていたのを覚えています。10年後のいま、上手下手はともかくかなり大勢の人の前で話す機会も増え、以前の自分に比べれば話す技術も向上したように思います。できるだけわかりやすい表現を心がけている点は昔と変わりません。
その「わかりやすい表現をしようと心がけている」ことだけを取り出して、自分は昔と全く変わってない!と考えるごとく、自分の性格は一貫しているのだと考えがちになるのが二つ目の理由だそうです。自分の性格は安定している(一貫している)のだと思いたいようです。
ところで、考えてみると私はお客様と接している時間・仕事仲間と接している時間・家族と接している時間・友人と接している時間・・・それぞれ違う自分を表現しています。口調も、話し方も、姿勢もです。このことを「関係としての性格」と言うのだそうですが、これはきちんと性格を使い分けていることの現れですよね。
「個人差としての性格」というのもあるそうです。たとえば中学校のクラスメートを思い出すと、委員長のような取りまとめ役がいて、場を盛り上げるお調子者役がいて、ひたすらガリ勉タイプがいたり文武両道のもて男タイプがいて、にらみをきかす番長タイプがいて・・・それぞれの暗黙の役割が全体の調和を取っていたりしますよね。その場合、自分に期待された役割を維持しなければならないような雰囲気が漂い、自分の意図に無関係に役割を演じる(性格を維持する)ことがあったりするものです。
もしかして、私達が性格は変わらないなどと口にするのは、何かの困難に太刀打ちできないときの自分への言い訳に使っていることが多いのかもしれません。自分や相手に対する言い訳ってやつです。
おっと自己嫌悪。根気がなくて・・・などと言わず、足が遠のかないように今日もジムに言ってこようっと。
セールスのイメージ
今日は定期的に担当している自衛隊職員の皆さんに対する研修がありました。朝は8時からお昼までの4時間、テーマはなんと「訪問販売」というものです。今回は84名の皆さんが対象だったのですが、経験者は皆無でしかも敬遠されがちな話題ですから参加者の皆さんには苦痛なことだろうと同情申し上げます。
未経験者の方が多いですので、いきなり販売手法など話してもチンプンカンプンに違いありません。初歩の初歩である「営業とは?」「セールスとは?」というあたりから導入して、できる限りわかりやすくお伝えする工夫が必要です。
毎回「セールスになりたいと思われる方はいらっしゃいますか?」と尋ねるのですが、ほぼ決まってとんどいらっしゃいません。まぁ当然と言えば当然です。休憩中の雑談で伺うと、民間企業のセールスだと “ノルマに追いかけられそう” “強く人に売り込むことができそうにない” “人に嫌われたくない” などもっともという理由をあげられます。
研修ではできるだけわかりやすく、できるだけ具体的にお伝えするのですが、面白いもので3時間も経過すると “意外に興味深い仕事ですね” “やろうと思えば自分にもできるかもしれませんね” というコメントに変化するのが面白いところです。
セールスを「モノを売る人、売り込む人」と考えるといろいろな抵抗を感じます。売る側にとっても買う側にとってもです。
ところがなぜ抵抗を感じるかを分解してみると、「モノを売る人、売り込む人」という文句の前に、「欲しくもない人に・・・」という言葉が暗にはいっているからだということに気がつきます。「欲しくもない人に、(無理やり)売る人」であれば嫌われるのは当然と言えるでしょう。
でもそれを修正してみて、「欲しがっている人にモノを売る人」としたらどうでしょう。セールスに対するイメージはかなり変わってくるはずです。無理やり売れば“押し売り”ですが、欲しい人に売れば“お助けマン”に変わるというわけです。
でもそんな都合のいい話ばかりではない・・・というのは素人の理屈です。欲しい人にだけ売れば言い訳ですし、一歩話をすすめれば、欲しいと思ってない人に欲しいと思わせることができれば、セールスの仕事は喜ばれる仕事に大変身してしまうわけです。多くの人は魔法を使えない(使える人っているのか?)ので、魔法使いでなくてもそれができるようになればいいわけですよね。
そんなこんなを段階を踏んで具体的にご説明していると、あれほど毛嫌いされていたセールスに興味をもたれる方もでてくるわけです。裏側から見れば、実に感謝される仕事だったということが見えるはずです。このことは、ぜひセールスパーソン自身にこそ考えて欲しいことなのです。
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