Satoブログ

悪法でも法?

仙台では朝晩めっきりと涼しさを感じられるようになってきました。ついこの間まで猛暑猛暑と騒いでいたのがウソのようです。ほんのわずかな太陽との距離で、これだけの寒暖差が生まれるのですからあらためて太陽の偉大さ(?)に感心させられます。この時期になると体調管理が難しいもので、風邪をひきやすくなったりするもの、弊社のM氏も風邪気味となりましたが皆様もご自愛ください。

先日、あろうことか警察官がストーカー化しあげくのはてに対象となる女性を射殺して自分も自殺すると言うとんでもない事件がありましたが、その警察官に通常よりも5割増しで1200万円の退職金が支給されるのだそうです。びっくりというか唖然というのが率直な感想です。こんなのありでしょうか?

なんでも、東京都の職員の場合「退職金の支払いを停止できるのは、対象者が禁固刑以上の罪で起訴された場合などで、今回の警察官は死亡しているため、退職金は自動的に支給される。」ことになっているための措置なのだそうです。死亡している(しかも自殺)とはいえ、女性を射殺しているわけですから殺人罪に該当するのは言うまでもありませんし、仮に普通の民間企業であったらこんなことは起こるはずもないことではないでしょうか。

法律というか東京都条例が根拠となっていて、当然条例を作る際にこんな事態を想定などしていないことは理解できます。だからこそ、このようなレアケースがおきたときには納得できるような対応をしなければならないはず。日本は法治国家ですから、法律を遵守しなければならないと思いますが、法律とはそもそも世の中の正義や公正を守るために作られているルールのはずです。

ルールは誰もが納得できる生活や権利を守るために使われる手段であって、決して目的であってはなりません。ルールは守らなければなりませんが、それは有効な手段として機能することを前提としているのであって、今回のような場合は正義ではなく悪を守るためのルール化してしまう危険があります。

法律を守れば何をしてもいい、法をクリアすれば悪でも罪でもない。まぁ、今回の事件に限らず、国際関係でも企業経営でもあるいはスポーツ界であってもこんな風潮が広がっていくとすれば、とても殺伐としたギスギスした世の中になっていくような気がしてなりません。

2009年には日本でも陪審員制度がスタートする予定になっていますので、私たちも法律に照らして人の善悪を判断する場に参加する機会があるかもしれません。裁判は個人の感情ではなく、あくまでも法律を物差しにして良否を判断しなければならないでしょうが、こういう時代だからこそ大岡越前守のような人情味あふれる裁きを期待したいのは、私だけではないような気がします。

警察官の退職金については、都の責任者である知事が「冗談じゃない」と発言されているので、支給は停止される可能性がありますが、目に見えないところにこのような不条理は山ほどあるような気がします。政治家と金問題もしかり、公務員の天下り問題もしかり、そうした面での構造改革は是非推進してもらいたいものです。

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07年09月01日更新

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